ファッションの世界のミニマリズム

●ファッションの世界のミニマリズム
 私はファッションを研究テーマとしているわけですから、次にファッションとミニマリズムの関係について考えていきましょう。ファッションの世界には「ミニマル・ファッション」というジャンルがあります。一説には、ミニマル・ファッションは1990年代に台頭してきたとされ、80年代の華美でゴージャスなデザインの時代を経て、シンプルかつ装飾を削ぎ落としたスタイルへと人々の志向が変化していったというのが流れのようです。
 「ミニマリズムの旗手」という異名を持つデザイナーが、ヘルムート・ラング。彼が80年代後半から提案した最小限のミニマルなでシャープなスタイルが多くのデザイナーに影響を与えることになったようです。ほかの代表的なデザイナーとして名が上がるのが、アルマーニやジル・サンダー、そしてプラダなど。
 また、90年代はファッションのビジネス面での転換期でもありました。ビジネスの世界でのグローバル化を受け、ファッション界でも企業戦略やマーケティングに重きを置くアプローチが展開されるように。より実用性がある、ライフスタイル重視のリアルクローズへのニーズが高まるなか、ユニクロやH&Mなどファストファッションの台頭へとつながっていったのです。
 ただ、ここで強調しておきたいことは、「ミニマル・ファッション」=「ファストファッション」ではないという点。ミニマル・ファッションは、「1点豪華主義」というか、「譲れないこだわりを追求した究極のカタチやデザイン」です。一方のファストファションは「すぐに・いつでも着られるふだん着」。ファストファッションはジャンル分けをするとすれば、究極のふだん着である「ノームコア・ファッション」の一環だと思います。
 たとえば、前述のアルマーニはデザインよりもカッティングを重視したスタイルであり、ジル・サンダーは素材感や品質へのこだわりを昇華させ、完成させたスタイル。プラダは工業用防水ナイロン生地をバッグの素材に採用したというリアルクローズとハイファッションを融合させたスタイル。
 日本のデザイナーでは、ヨージ・ヤマモトやコム・デ・ギャルソンなどがミニマル・ファッションの担い手になるのではないでしょうか。ヨージ・ヤマモトのデザイナーである山本耀司氏は、
“これを崩したらこう服ではないというぎりぎりの服を作っているつもり”
(出典:「ちぐはぐな身体」鷲田清一著)
と語っておられたとか。また、山本氏の言葉には次のようなフレーズもあります。
“一着の服を選ぶってことは生活を選ぶことだから”
(出典:「ちぐはぐな身体」)
 服というものは不思議なものです。人が社会生活を送るうえでのひとつの道具であるはずなのに、それを身につけることによって人の気持ちは変化し、ひいては対人関係にまで影響を及ぼすのです。だからこそ、私たちの多くは(すべてとは言えませんが)、服選びにある程度のパワーも使うし、悩んだりもするのでしょう。
 「とめどなく変化する流行を映しだす服」ではなく、「不変でありながら良い服」を求めるミニマリストたち。変化する時代を追い求めることに時間を費やすのではなく、変わらぬものに寄り添ってじぶんの居場所を確保することを選んでいるのかもしれません。消費という刺激から得られる快感ではなく、静かに内なる自己と向きあう世界を構築するという選択。サントリーのウィスキー「山崎」の広告のコピーのこんな文章を思い出しました。
“何も足さない、何も引かない。
 ありのまま、そのまま。
 この単純な複雑なこと、”
(出典:サントリー シングルモルトウィスキー「山崎」

   1992〜1994年広告より)